「おいしい写真屋さん」による作品展のお知らせや、
書評、日々思ったことなどなど

♯ 木芥子

主催している読書会で、以前、話題に挙がったことがあります。

木芥子(ひらがなで「こけし」より、こちらの漢字表記の方がしっくりくるので使用)はなぜ、日本各地の土産物店で売られるようになったのか。

昭和生まれのあるあるネタに、「家に土産もんの木芥子があった」というのがあります。
茶箪笥やサイドボードの上に飾られたおちょぼ口の木芥子。
自宅はもちろんのこと、ばーちゃん家、友達ん家、近所の家などなど、目に入らないことはなかったです。
日本人形のように、節句でやってきた、という行事的背景は抱えていない木芥子。
「旅行先の土産物屋で買った」とか「温泉土産でもらった」という事情が大半かと思われます。
木の人形ってのは一目瞭然だけれど、どうして日本各地で製作されるようになったのか。。。
また、いったいいつの時代から存在し、どういう経緯で日本各地に広まったのか、よくよく考えてみたところで答えは出てきません。
そのときの読書会には、日本文学を専門とする大学の先生もいらっしゃったのですが、彼女も繙いたことない対象と仰る。
参加者数人であーだこーだ推論してみた結果;

江戸時代、冬場、積雪のために野良仕事ができない地域で、収入を得るために製作が始まる

それが参勤交代下で全国に広がる

という仮定を立てました。
ウィキさんならば教えてくれるかも、と期待を寄せるも、明確な説には行き着きません。
ネットでいろいろ検索をかけましたが、我々の求めるしっかりした歴史には出会えませんでした。
そして、歳月は流れ。
木芥子の出自についてすっかり考えなくなった今になって、その答えに出会いました。

本日発行の日本経済新聞夕刊5面。
音楽家でありながら木芥子の研究家でもある高橋五郎さんという方が、木芥子の歴史を語っています。
木芥子の産地はもともと東北に集まっているらしく、その理由に、西日本には陶器の産地があるけれども、東北地方には焼き物の産地自体がない。
長い間、木製品の器を使っていたことで、製作していた木地師たちは木芥子を含めた玩具も作るようになったそうです。
そして、各産地で確立された製法は弟子たちに継承されていくことに。
それが江戸時代のことであります。
その後、1910〜40年にかけて富裕層の間で木芥子ブームが起こりました。
旦那衆たちが道楽として、蒐集を楽しみ始めました。
1965〜75年頃になると、高度成長期で旅行が盛んになり、温泉地の土産品として多くの旅行者が買い求めるように。
ここで木芥子は一気に大衆化したわけです。
で、我が家にも数体いらっしゃった。

読書会メンバーの仮定は、近からず遠からず。
今度、結果報告してみましょう。
ちなみに、実家を出てから後、木芥子と対面することは皆無に等しくなりました。
世の中は、第3次木芥子ブームらしいですが、今でも温泉地の土産物店に売っているのでしょうか。

 
| 読書 | 22:00 | - | - | | |

♯ どれぐらいぶり?

読みやすかったです、今話題の芥川賞受賞作『火花』。
以前、このブログでも書いたかもしれませんが、芥川賞作品を最近読めなくなりまして。
理由は単純、「重い」からです。
ページ数が多いというわけではなく、内容が純文学ということからズッシリしています。
3分ぐらいの隙間時間にサラサラっと、という本ではありません。
読むんだったら本腰据えて、さあかかってこい、というのが芥川賞受賞作。
年々、軽率な日々を送る身としては、どうしても取っ掛かりにくいものになっていました。
とは言え、今より遥かに刹那的で軽い毎日をやり過ごしていた学生時代。
この時分は人生で一番で芥川賞作を読んでいました。
自宅に「芥川賞受賞作全集」がズラリと並んでいたので、制覇してやれ、と中二病を患っていた14歳時に挑み始めたのです。
第一回受賞作、石川達三の『蒼氓』。
忘れもしない、14歳の冬、眠る前にベッドで読みだしたら、あまりにもの面白さにあっという間に読破でした。
南米移住に向けて日本を発った船上を描いた作品。
14歳には刺激満載の世界でした。

それからは貪るように、受賞作を順番に読み進めました。
今、歴代受賞作のタイトルを見ても大半が内容を思い出せないのですが、そこそこ読み終えたはずです。
村上龍の『限りなく透明に近いブルー』への到達を目標に頑張っていた記憶があります
(結局、『限りなく〜』はどうしても読みたくなった大学生ぐらいんときに読んだ)。

読書の傾向がすっかり変わる社会人。
この頃からすっかり芥川賞はご無沙汰になりました。
それでも、直木賞受賞作ですとか、受賞作家の作品なんかは図書館で借りて読んだりも。
こちらはエンターテインメントとして、毎日の隙間時間の3分でも楽しめます。
非日常へ逃避するには十分な世界が繰り広げられているので、社会人になってからの方が好んで手に取っています。

ですので、芥川賞受賞作を読むなど、どれぐらいぶりでしょう。
今回の受賞作がここまで話題になりますと、書店でもう無視できない。
発売当初から下馬評が高かったので、これまでも購入に迷っていた一冊ではありました。
もう少し落ち着いてから読もうかな、と先延ばしにしていたら、落ち着くどころかピカッと発火へ。
ならば読んでしまおう、と結局、スーパーで食料品と一緒に買いました。

大阪弁。

だからでしょうか、読みやすかった理由は。
それも一因かもしれませんが、純文学でありながらスルスルと読めるストーリーでありました。
ここで作品について論じるつもりは毛頭なく、ただ、読みやすい芥川賞作品だったな、という話。
頭がまた芥川賞を受け入れるようになっている、と考えられなくもないですが、やはり直木賞作の方が断然手に取りやすい。
次に芥川賞作を読むのは、果たして何年後になるのか。。。
強制的に読まされない限り、果てしなく先そうであります。




 
| 読書 | 22:00 | - | - | | |

♯ 14回目

14回目の読書会。
今回は、某イベントを主催されている方からお誘いを受けての開催です。
つまり、そのイベントは靴に関するものだったので、お題を「靴」にした読書会をやりましょう!と。
靴?
お話を頂戴したときは、正直頭が真っ白になりました。
靴に関する本を紹介、とはなんと壁が高いことかと思ってしまったのです。
頭に浮かんだのは『プラダを着た悪魔』のみ。
しかし、よくよく考えてみましたら、これこそ我が本棚の棚卸しができる絶好のチャンスです。
漁って漁って漁って。
その中からなんとか靴に関する本も出てくるはず。

結局、時間をかけて探した割には、本棚の手前にあった本を2冊紹介することに。
あんまり靴に関する本って読んでいないことを自覚しました。
だから、これまでのお題でも「靴」はなかったわけです。

当日は、同世代で同姓が5人揃い、靴の本について話しているはずが気付いたら単なる女子トークに。
靴はファッションと深く関わることもあるからですが、「本の話はどこいった〜」といった感じでお開きになりました。
これまでの読書会の中で、最も盛り上がった回だったかもしれません。
ワタシは先に場を辞したのですが、他の参加者さんたちはその後もしばらく談義に花を咲かしていたそうです。

よかったよかった。
みんなにとって楽しい時間になりましたようで。

 
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♯ みどり・緑・green

13回目を迎えました読書会。
5月は新緑麗しい季節ということで、お題は「みどり」にしました。
事前告知のチラシには、

●主人公の名前がみどりちゃんの小説や
●ミドリムシに関する新書や
●映画「グリーンマイル」の原作本などなど

そんな一例を記載しておきました。
「みどり」に関する本、みなさんがどんな2冊を持参されるか胸躍ります
(参加者は2冊まで持参し、紹介できるルールです)。

当日はワタシを含めて4名が出席し、計8冊が揃いました。
そこに、事態は起こります。
ワタシが会の開始直前まで「どっちにしようかなあ」と悩み、結局持参しなかった1冊を、他の参加者(以下Bさん)がご自分の鞄から取り出しました。
その緑色の表紙。
まさに、さっきまで自宅のテーブルの上で見つめてたやつやん!
今回はギリギリのところでバッティングしなかったものの、世に数多ある本の中から同じ1冊を選択しようとしていたなんて、奇跡の確率であります。
これまでの会から、Bさんとワタシの読書傾向は断じて被らないことを学んでいました。
傾倒するジャンルが違うな、と直感的に思っていたのです。
毎回参加者は異なる読書会ですが、13回目を迎えますと、リピーターの方も複数名出てきます。
Bさんもリピーター。
前回紹介してくださった本はどれも、まったくワタシが触れたことがない作者たちでした。
だから今回も、「見知らぬ2冊」を持参くださると勝手に思い込んでいたのです。

そしてさらにおもしろいことは、この1冊、湯本香樹実氏の『夏の庭 The Friends』なのですが、別の参加者Oさんも今回の「みどり」というお題では頭に浮かばなかったけれど好きな1冊と仰います。
『夏の庭』、スゴイぞ、現時点の支持率が75%を超えているじゃないか。

開催数が2桁を超えた読書会ですが、これまで一度も紹介本が重なったことはありません。
おそらく、参加者の読書傾向が見事にズレているのも一因ですし、何より、みなさんの読書量は半端ないです。
町の書店や図書館に並ぶ本だけでなく、両親や祖父母の本棚を漁って読み耽ったりしています。
そういう読書歴の中から選び出される毎回2冊なので、被らないのが自然と言えるのかもしれません。
でも、今後は「わあああ、一緒一緒!!」と、持参した本を前に興奮する場面も出てくるのでしょう。
そのとき、誰が、どの本を持ってこられたからか。。。
その瞬間が、ひじょうに楽しみでなりません。
| 読書 | 22:00 | - | - | | |

♯ 思春期向け

駅までの道を歩きながら、ハッとします。
これから電車で移動するというのに、カバンには本が1冊も入っていないではないか!
スマホが普及し始めてからというもの、車中で読書に耽る乗客はめっきり減りました。
若者の8割ぐらいはスマホの画面を凝視しています。
しかし、若者ではないワタシは、それが苦痛というか飽きてくる。
メールを読む、送信するなどを車内でこなすのが精一杯。
あとは紙上の文字を追っていたい。
たぶん、電車の中ほどじっくり本を読める時間がないことに気づいているからでしょう。
自宅にいますと、いろいろ用事が出てくるものですやん?
貴重な貴重な読書の時間、それが車内ということです。
で、本を忘れ、絶望的になっているというわけ。

駅の売店でPHPでも買う?と思ったのですが、駅までの道中には図書館があることに目をつけました。
そうは言っても、電車の時間が迫っている中、本を選んで、カウンターに持っていって、貸し出し手続きして。。。そんな余裕はあるの?
と自問している間に、もう図書館の自動ドアを潜っていました。
それほど、脳は、心は、活字を求めていたのでしょう。
図書館の2階が一般書籍のフロアですが、階段を上がっている時間などありません。
1階の児童図書フロアで適当な1冊を見つけるのが今の課題であります。

ええいままよ、で手に取ったのが、中学生向け図書コーナーに陳列していた文庫本。
作者も知りません、あらすじも知りません。
何も情報がないまま、でも司書さんのお薦めらしいので間違いはないだろう、そして文庫本だから大人も読むに耐えうるのであろう、そう信じてマッハスピードで借りました。

そして、マッハスピードで読み終えました。

湯本香樹美さんの著書『ポプラの秋』は、桜満開の中読んでも胸に残る物語です。
思春期向けの内容といえばそうなのかもしれません。
多感な時期に読むとそれはそれはいろいろ考えさせられるストーリーでありますので。
しかし、成人した大人が読みますと、深い深い意味で「人生いろいろ」と実感させられる味のある内容なのです。
だいたい、子供と赤の他人のばーさんをメインに、いろんな人間が絡んでくる時点でキャスティングに成功。
どんなストーリーであろうと、まずは読みたくなってしまいます。
湯本さんの文章もこれまた優しくていつまでも読んでいたくなる。
紡ぎだされる世界にずっと浸っていたい、と思わせる小説なのです。

湯本さんは『ポプラの秋』に先んじて発表された『夏の庭』がえらく有名な方でした。
世界十数カ国で翻訳され、1994年には三国連太郎氏主演で映画化もされているようです。
全然存じ上げずにこれまできたのはなぜでしょう。

これを契機に、ワタシは図書館の児童書コーナーを探索しています。
まだまだ出会えていない良質な作品、絶対あるに違いない。
| 読書 | 22:00 | - | - | | |

♯ 『雪の断章』を読み終える

昨年末のこと。
我が家の購読紙に、『雪の断章』という小説について書かれたコラムが掲載されました。
なんでも、そのコラムの書き手は、ここ最近続けざまに知人たちからその本を紹介されたとか。
とにかくいい作品だから読んでくれ、みたいなことを言われたので読んでみたら。。。

めっちゃええやん。

となったそうです。
お恥ずかしながら、『雪の断章』も知らなければ、作者の佐々木丸美さんも初めて聞く名前でした。
この作品自体が1975年に発行されている上、佐々木さんは若くしてお亡くなりになっています。
なかなかそういう方の作品はこの出版大国において、書店で目に付かないのが現実ではないでしょうか。
図書館にしろ蔵書数に限りがありますから、書庫なんかに一旦入ってしまった作品は目に触れませんから。
とにかく、言い訳がましいようですが、佐々木丸美さんにしろ、『雪の断章』にしろ初めて知ったのが昨年末でした。

そして、そんな大絶賛のコラムを知ってしまったら、その1冊を読みたいやないか発作が発症します。
どうおもしろいんだ?
何よりどんなストーリーなんだ?
そんなに一気読みできるってスゴイ作品すぎっだろ。

しかし、さきほどもお伝えしました通り、この作品は1975年に発行されています。
芥川賞や直木賞を受賞したわけでもなければ、100万部のベストセラーだったわけでもない。
そういう本は、2015年の書店には置いていないことが嘆くなかれ当然なのです。
大阪中の大型書店、小型書店、そして古本屋で探し歩きましたが見つからず。
さすがアマゾンには数冊はありましたが、中をチラリとも目を通さずして買うというのは、読みたい本でも躊躇してしまいます。
どうしたものかなあ、と考えているうちに、他に読みたい本がヅラヅラ出てきたので、ひとまずそちらに着手することにしました。

年も明けたそんあある日。
なんと、ブックファーストで『雪の断章』の文庫本が平積みになっているのを発見!
添えられたポップには、ワタシが読んだ新聞のコラムからの言葉が。
ははーん。
昨年末にそのコラムを読んだ新聞購読者が、書店で問い合わせたんでしょうな。
その数いっぱい。
それに発行元が応えたカタチで、今回の増刷に繋がったのだと思います。
なにはともあれ、ワタシも即買い。
いやあ、一体全体どんな作品なんだ、と帰りの電車でページを捲りはじめました。

そこから数日。
読み終わりましたが、想像以上に時間がかかりました。
けっこうサクサク読めないもので、その理由の一つが、まったくもって重い内容だったということです。
詳しいことは省きますが、一度に100ページとか読もうものなら、気持ちがズッシリ落ちてしまう。
おもしろいけど一気読みするには不適当、ワタシみたいな軽率女子にはそう感じてしまうほどいろんな意味で濃き小説であります。
ご興味おありの方はせひ一度、書店で手に取ってみてください。

 
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♯ 「東京」

11回目を迎えた読書会。
今回のお題は、移動の季節にちなんで「東京」にしました。
自分が20代で上京したのが、ちょうど3月だったというだけの話なのですが、世間的にも今ですよね?

東京を舞台にした小説はそれこそ星の数ほど存在しているわけで、だからこそ「この1冊!」というのはとても選べませんでした。
2015年現在、人に紹介したい本はこれです、1年後はまた違うと思いますという前置き付きでの『キャベツ炒めに捧ぐ』(井上荒野著)。
けっこうこれが盛り上がる1冊となったのはよかったよかった。
選んでおきながら、参加者間で「ふーん、そうですか」で終わられるのが、紹介している身としては一番穴があったら入りたい瞬間なもので。

次回のお題は「靴」であります。
これは、開催される某イベントの一環で読書会も開いてください、と依頼されたので私的意見は一切ナシのお題です。
「靴」にまつわる本を紹介。。。
史上最長、紹介本を選ぶのに時間がかかりそうな次回です。



 
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♯ 先週に引き続き開催

珍しいことですが、読書会を2週連続で催しました。
そして、今回で10回目に到達です。
言いだしっぺのくせに、ここまで続くとは露ほども考えていませんでした。
最初は、まあ1年やってフェイドアウトかな。。。となんとも消極的な姿勢。
もし続いたとしても、自分が主催というカタチを続けるのではなく、参加者が持ち回りで主になるのもアリかなとも思っていました。
実際、途中途中でその提案もしたのですよ、参加者に。
でも、なぜか引き止められ、今でもワタシの声かけで10回を迎えることになりました。

参加してくださっている皆さん、毎回お忙しい中ありがとうございます。
正直、皆さんの博識のおかげで、バカな主催者は「無知の知」を毎回存分に思い知らされています。
ありがたいことです。
でも、本当に10代20代に大した勉強をしてこなかった自分を恥じますね。
本だけ読んでりゃいいってもんでもない、そのことに今になって気付きました。
だから、紹介してくださる皆さんの知識の糧になっている本を、会終了後、こっそり読んでいます。
さすが、このお題にはこの1冊というのを選んでくださっているだけあって、グングン読めます、楽しいです。

不定期ながら、開催を続けてきてよかったな、と実感しています。





 
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♯ 4ヶ月ぶりに開催

不定期に開催している読書会。
前回が4月の中旬でしたので、約4ヶ月ぶりに参加者を募りました。
お題は8月末日に集まることに無理無理意味を見出し、「読書感想文」。
ここに副題が付きます。
「もしあなたが今14才だったら」。

私事ですが、自分が14才になる年、つまり中学2年生のときには、村上龍氏の『トパーズ』でした。
どっぷり14才の中学3年生のときは、比留間久夫氏の『YES YES YES』。
どーんだけ背伸びしてんだ、そんな選択であります。
当時、流行っていた村上龍を中2のワタシは読んでんだぞ、ということを国語教師に知らしめたくて書いた、なんて思春期らしい動機。
結局、何書いて提出したんでしょうね。
まったく思い出せません。
書くに書けないので駄文を連ねたことでしょう。

そんな青い過去を上書きできるものならしたいものだ、と今回のお題にしました。

参加者4名、すべて女性。
女子大生から40代まで揃いました。

みなさん、後悔の思いを抱いているのが面白かったです。
つまり、ワタシとは異なる状況でありますが、それなりに青い過去をお持ちということ。
それを払拭したいがゆえに、今回はこの1冊選んできました、そういう選択でした。

ちなみにワタシが選びましたのは、宇宙飛行士、古川聡氏著『宇宙飛行士に学ぶ心の鍛え方』。
なぜ?と聞かれれば、ワタシが14才当時は日本人宇宙飛行士がまだ誕生していなかったため、書きたくても書けない内容。
この1冊はぜひとも中学生のうちに読んでおきたかった、とアラフォーの自分は思いました。

みなさん、お忙しい中ご参加くださりありがとうございました。





 
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♯ 小高さん

朝刊の訃報欄に違和感を抱きました。
この人って、あの小高さん?

お会いしたことも、往復書簡をする仲だったわけでもありません。
ただ、お名前だけ存じ上げていた小高賢さん。
いやいや、小高さんのコラムを楽しみにしていた読者でしたので、もう少し深く知ってはいました。
でも、本業の歌人として知っていたわけではないので、なんとも似非ファンです。
新聞の夕刊に週一回掲載される小高さんのコラムが好きだったという、ファンでした。

去年の下半期になるでしょうか、小高さんが夕刊にコラムを寄稿されていたのは。
六名の筆者が日替わりで週一回コラムを寄せるのですが、小高さんの書かれる文は不思議と読みやすい。
拾うネタがおもしろいのか、文の構成が上手いのか。
一読者に分析する力はありませんが、言えることは、冒頭の掴みが上手かったということでしょうか。
そして、読み手を退屈させない文がその後に続くということ。
だから毎回、最後の最後まで集中して読めたのだと思います。
こんな文を書ける腕がほしいもんだ、と素直に文に敬服しました。

小高さんが歌人という以外の個人情報は持ち合わせずして、コラムは最終回を迎えました。
いくつの方なのか、どういう経歴の方なのか。
文章からそれなりに察することはできましたが、あえて詳細は調べませんでした。
背景とか、どうでもいい対象の方。
無礼な意味ではなく、こんないい文章を書ける人っていうだけでいいじゃない、という方だったのです。

最終回のコラムを読んでから、まだ2ヶ月も経っていません。
半年間の掲載中に、体の不調を訴えるような文章はなかったと記憶しています。
だから、今朝の訃報に違和感を抱いたのです。
死ぬのかな、こんなにあっさりと、と。
でも、突然死だったようなので、それはそれは多くの方がとにかく驚かれたことと思われます。

なぜ、あんなに飾り気ないながらも味のある文を書けたのか。
その昔、講談社現代新書の編集長だったそうです。
後に講談社の要職に就き、歌人へ。
書ける理由が少し分かった気がします。

半年間、楽しく読ませていただきました。
ありがとうございます。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。



 
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